基本理念〜人間観・国家観・歴史観の大切さ〜

 いま、日本は、底知れぬ閉塞感に覆われています。
 政治や行政、経済から教育まで、あらゆる国民生活の面で行き詰まり、混迷を深めています。
 とくに政治は、本来もっている「日本のよさ」「日本の強さ」をすべて打ち消す方向へと迷走しているように思えてなりません。いまや「どのような国であるべきか」という国家観すら見えなくなっています。日本の国際的な存在感も低下し続け、日本の安全保障や、輸入に頼る食料・エネルギーの供給にも不安感が広がっています。
 日本の将来はいまよりも悪くなると考える人が圧倒的に増えています。国民各層にも「いまさえよければ、自分さえよければ」といった刹那的な風潮が広がっているようにも思えます。世の中はますます住みにくくなり、また、未来を担う子供たちの目から輝きと力強さが消えつつあります。
 なぜこんなことになってしまったのでしょうか。日本の力は、所詮この程度ということなのでしょうか。
 そうは思いません。日本には、そして日本人には、とても素晴らしい力があるはずです。
 松下幸之助が次の文章を残しています。

日本よい国 松下幸之助
 花が散って、若葉が萌えて、目のさめるような緑の山野に、目のさめるような青空がつづいている。身軽な装いに、薫風が心地よく吹きぬけ、かわいい子供の喜びの声の彼方に、鯉のぼりがハタハタと泳いでいる。
  五月である。初夏である。そして、この季節にもまた、日本の自然のよさが生き生きと脈うっている。
 春があって夏があって、秋があって冬があって、日本はよい国である。自然だけではない。風土だけではない。
 長い歴史に育くまれた数多くの精神的遺産がある。その上に、天与のすぐれた国民的素質。勤勉にして誠実な国民性。
 日本はよい国である。こんなよい国は、世界にもあまりない。だから、この国をさらによくして、みんなが仲よく、身も心もゆたかに暮らしたい。
 よいものがあっても、そのよさを知らなければ、それは無きに等しい。
 もう一度この国のよさを見直してみたい。そして、日本人としての誇りを、おたがいに持ち直してみたい。考え直してみたい。

 この文章を読んで、素直に共感を覚える人は多いのではないでしょうか。
 自然に恵まれ、長い歴史の蓄積もあり、美しい人間性を培ってきた伝統を誇る国、日本。日本はたしかに「天分」に恵まれた「よい国」なのだと、しみじみ思います。
 にもかかわらず、近年、「こんなよい国は、世界にもあまりない」とは到底思えない状況に陥ってしまっているのは、現在の「国のかたち」がこのすぐれた「天分」を活かしきれないものになってしまっているからだと思えるのです。  もはや日本は、いまのこの姿に留まっていてはいけません。いまこそ、「日本の天分」を十全に発揮できる「新しい国のかたち」をつくりあげねばなりません。
 では、日本はどのような「国のかたち」であるべきでしょうか。どうしたら私たちは心から「日本よい国」と思えるようになるでしょうか。
 その問いの答えを得るためには、まず「人間とはどのようなものか」という人間観と、「日本とはどのような国か」という国家観・歴史観を考えなければなりません。正しい人間観と国家観、歴史観がなければ、何が人間の幸せで、その幸せを実現するために国はどうあるべきか、ということが見えてこないからです。
 政治とは、「国家の運命を拓き、国民の幸福を実現するための、崇高な国家経営」であるべきものです。いかにすれば「国家の運命は拓かれ、国民の幸福は実現される」のか。それを考えるためにも、「人間とはどのようなものか」「日本とはどのような国か」という問いに真剣に向きあいたいと思います。

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